香りと健康の歴史中国編
■楽になる草
漢字の「薬」というのが、楽になる草という意味の文字であるように、中国の医薬というのは元来、草や植物、すなわち、ハーブと非常に密接な関係があります。しかし、いわゆる西洋のアロマテラピーのように、その芳香性のエッセンスだけを取り出して「香り」を活用するスタイルは現在取られていません。その代表といえば、生薬を組み合わせて投薬をする「漢方薬」という事になっています。
■日本人の造語「漢方」
漢方といわれるものは、元々は、江戸末期にできた造語で、西洋医学をもとにしたオランダ医学のことを蘭方医(らんかたい)と呼び、日本に昔に伝わってきたやり方で見る医者のことを漢方医(かんかたい)と読んでいたのが始まりで、中国の漢の時代の頃に確立した診察と投薬の手法で行われる医療やそのお医者さんを指していました。漢の滅亡がAD220年頃だと考えると、実に1800年近く昔の頃に確立した手法を今の時代に用いているのです。
あまりに昔の体系なので、非科学的でだめなのかというと、必ずしもそうではありません。中国においては1960年代以降、国策として伝統医学の再検討を行なっており、古来の伝統的な医学に基づく医薬が十分に合理的な側面があることも示されつつあります。見方によっては、漢方は1800年もの間、十分実用に耐えうる体系であったともいえます。
■漢方という体系
往々にして、漢方というと生薬を中心とした「漢方薬」のことだけと見なされがちです。しかし、実際には、診断と投薬がセットになっている、医術体系のことを指します。ですから診断がきちんとできない素人が生半可な知識で、漢方薬を選んだり、生薬を組み合わせたりすることは大変危険なことでもあります。そのあたりは適切な診断と処置の組み合わせが重要である、現代の医療と何ら変わりはありません。
こうした体系が生まれたのは、秦~漢の時代です。4つの主要な著作に記述される内容が基本とも言えます。主に人体をどのように見るかという理論体系で、当時の中国人の自然哲学ともいえる「黄帝内経」。
神農といわれる人が、実際にそこいらの草花を実際に口にしたりしてその効能を確かめて記述したといわれる、薬草を当時の人々の世界観に応じて分類した「神農本草経」。 後漢末期の民間の医者である張仲景の著作といわれ、現代でも臨床技術を著す本として評価の高い「傷寒論」と投薬に関する具体事例を整理した「金匱要略」。この4編が漢方という体系を理論的に支えているといわれています。
特に、「楽になる草」を詳細に記述してある「神農本草経」に関しては、その伝説の神農の話はさて置き、中国における博物学や科学の芽生え呼ぶことができるほど、しっかりと整理されており、中国科学史研究の大家であるニーダムにも非常に高く評価されています。その後、中国の博物学の集大成ともいえる「本草綱目」へと発展していきました。
「傷寒論」では漢方で現代でも良く使われる煎じて飲む湯薬が、また、「金匱要略」では、現代でも使われている、丸薬、散薬、膏薬といった剤形が既に考案されており、現代とほとんど変わらない投薬環境が既に整っていたといえます。
■服する、佩びる
漢方のこうした植物を活用した処方において、「香り」のみを活用したり、エッセンシャルオイルを抽出するというのはありません。そういう点では、中国の薬はハーブ(草)を活用しますが、ほとんどが経口摂取であり、経皮吸収においても塗布でのみ利用される事になります。そういう点では、揮発性成分の性質を活かした剤形は持っていないといえます。
しかし、「神農本草経」の系譜をたどっていくと、全く違った投与方法として、「服」「佩」というのが浮かび上がってきます。薬に用いた植物の博物学という観点でみると、「神農本草経」の源流は、春秋戦国時代に成立したといわれる、古代中国の地理書「山海経」という文献に到達します。中国の薬学の始まりともいえる文献です。
この文献では、その土地毎の動植物や風俗などを記載してまとめている文献です。確かに伝聞で書かれた所も少なくなく、荒唐無稽な妖怪が登場するなど、内容の信憑性は低く、全部を信用することは難しいことは確かです。その一方で、植物などについてはその姿形、薬効や利用方法を簡潔に記載しており、非常に興味深い記述も少なくありません。実際の科学史研究においても、10種類程度は、この「山海経」の記述の中に薬としてのハーブが記載されているとのことです。
そのハーブの利用方法はで、特徴的なのはやはり「服」する(ふくする)と「佩」びる(おびる)でしょう。服するというのは、衣服のようにそのハーブを直接皮膚に接触させることであり、佩びるというのは、小袋等に入れ腰に吊るしておくことを指します。ちなみに、内服という現代の経口摂取の表現は、この服するという行為を内側から行なうという意味で生まれた言葉だそうです。呪術的な理解に基づいて当時の人はそのようにハーブを利用していたのかもしれません。
しかし、実際には西洋におけるペスト流行時のラベンダーの事例のように、佩びるだけでも十分な予防効果を発揮するものもあり、また、服して皮膚に接することによって、揮発性分を経皮吸収させることも十分に可能です。
そう考えると当時の人々の経験的な事象を記述した、山海経の記載も簡単には捨て去ることもできないのです。
■心の病
また山海経で注目すべき点として、心の病にスポットが当たっている点が上げられます。現代でこそ、鬱病などを中心に心の病というのがきちんと病として認知されていますが、ここ百数十年の医療の歴史で、きちんと心の病を薬等で治癒したり予防したりするということはそれほど一般的ではありませんでした。
その点、山海経ではそうした心の病にスポットを当てて、その治療法として、植物を服する事例はかなり見受けられ、服することで効果のでる様々な植物を紹介しています。
いくつか事例を挙げると
「草がある。名は鬼草。(中略)これを服すると憂えず。」(憂い防止)
「草がある。(中略)名は搖草。これを服すると昧せず。」(ぼけ防止)
「木がある。(中略)名は蒙木。これを服すると惑わず。」(錯乱等心身症防止)
「木がある。名は帝休。(中略)これを服すると怒らず。」(鎮静、抗不安)
などがあります。この他にも、服することで、モテるようになる植物とか、人を引き付けるようになる植物等が色々登場しています。
そのような効能を持つ植物2次代謝物が実際に存在するものも記述されています。現代のどの植物にそれぞれが該当するかが不明なので、山海経の時代の植物に現代においても有効なものがどれほどあったかは確認はできません。しかし、十分に服するというスタイルで様々な薬効を得ていたといえるでしょう。
■先祖帰りの技術。服する現代。
「山海経」の時代、すなわち、漢方という技法が成立する以前は、じつはこうした植物の揮発性成分を上手に活用していたともいえるのです。
翻って、現代の社会を見渡すと、植物をそのままではないにせよ、「服」する、というのは結構増えてきています。例えば、子供が風邪をひいた時に処方される、咳止めの小さなシート、例えば、ラベンダーの香りがするスーツやワイシャツ、匂い消しや抗菌機能を持った機能性繊維を織り込んだシャツなど、まさに、現代の「服」する事例とも言えるでしょう。
また、弊社の技術であるDGDSは、ハーブの揮発性成分という、まさに「楽になる草」を効率的に「服」するためのを生み出す技術です。
高橋 智巳 氏(北海道大学科学史研究室)
※本内容は独自の調査により、仮説として組み立てた史実に基づく歴史解釈であり、その内容の真偽については保証は致しかねます。
