北海道生まれ北海道育ちの私としては連日30度を普通に超える愛知県の夏は拷問です。
すでに熱帯夜が7日もあるなんて信じられません。とはいえ、この暑いさなかでも、子ども会中心にちょっとした屋台ごっこつきのお祭りまでやっているわけです。
面白いように金魚を掬うわが娘の元気に驚きつつも、炎天下の中、その遊びを提供している生粋の愛知人のパワーには負けてしまいます。
こんなコラムを偉そうに書いているなら、気温ごときでウダウダ言ってはいけませんね。
■さて、また農作物から
で、私の住む安城市は環境首都を目指すって事で、公共施設の壁面緑化というか緑のカーテンで涼しくして、クーラーの電力を減らしてCO2問題に貢献しようということをしております。
ま、大は市役所の本庁舎から、小は、私のお手伝いをしている安城市民活動センターまで、市内各地で見ることが出来ます。まぁ、壁面緑化とかいったって、たいしたことではなくて、そこいらの網(近所の海苔養殖業者の捨てる網とかを貰う)を壁に適当につけて、蔓系の良く育つ植物を育てて這わせるだけなんですけどね。
今年からうちのセンターもそれをやることになって、ヘチマにしようとか諸案あったのですが、結局、ゴーヤでやることになりました。理由は簡単で、可食性であって、なおかつ、次々と実が採れて食べても食べても追いつかないという話を聞きつけたからというだけ。
前回のコラムのネタが、イモだったりしたように、要は食い意地の張ったセンター(というか、私)なのでございます。
この原稿を書いている、7月18日現在では、主目的である緑のカーテンはそこそこ出来ているのですが、なんと、ゴーヤは今日現在まで収穫できたのはたった3個。しかも、市販のゴーヤと違ってとても小ぶりで、大食漢の私の胃袋を満たすものにはなっておりません。まさに夢破れたりでございます。
■やっぱりプロのものが美味しいわな
で、ゴーヤが食べれなくて悲しいという話しをしたいのではなく、自分で作って自分だけで食うってのは難しいもんだなということです。
食うだけならいざ知らず、服でも、家でも、日用品でも何でもかんでも、自分でやってできないことはないのかもしれないけれど、上手く継続的にそれを得ようと思うと、やっぱり人様のお世話になったほうが、いいことが多いわけです。
実際に去年は壁面緑化はしていませんでしたが、色々な方からゴーヤやゴーや加工品を頂戴しました。それに、スーパーで立派なゴーヤが安価に手に入りましたし。変な話、頑張って自分で作って現金を払わないことを考えるより、食べるだけなら、ちゃんと買ったほうが圧倒的にいいわけです。
やっぱり、そこでお金はあったほうがいいなという話になります。
■安売りのワナ
で、一定量のお金しかないとなると、安く買えたほうが色々買えるだけ、良いなということになります。特に、普通に労働していたら、月給とか自給とか、ある種決まった金額しか入ってこないわけです(とはいえ、よほどのことがない限り、決まった金額は入るという見方も出来ますけど)。
そうすると、勢い、安いものを探すという話になります。で、安売りが褒め称えられ、安売りでいいものを出すお店はいいところとなるわけです。安売りの価値やら努力を否定する気はないのですが、私なんかは、おや、と思うわけです。 当たり前ですけど、安売りされている商品を作る誰かがいるわけです。で、この人の給料ってのは買ったものの金額で既定されているわけです。
今までゴーヤを100円で一日100個売って、一日1万円で生計を立てている人がいたとします。 でも、ある日、他の人が同じような品質のゴーヤを50円で売り出してきたとします。そこで、みんなが値段だけで判断して50円のゴーヤを買うようになったとします。
じゃぁ、この人は、売るためには50円で売るしかありません。でも、生計を立てるためには、倍の数売る必要が発生します。そのせいで、この人は今までの倍、ゴーヤ作りの努力してやっと生計が立つようになります。
■安物買いの「ヒト」失い。「地域」失い。
で、ここで忘れちゃいけないのが、買い手のつもりであるひとも、実はお金を得るために労働しているのですから、逆向きに同じ憂き目にあっている訳です。
当然、この仮想的なゴーヤ農家さんも、きっと他の場面では、買い手でもあるのです。当然、こうやって困窮してくれば、彼が必要なものを買うときには、今までの半値でばかり買うようになるでしょう。
実は人の仕事を安く買い叩くという考えは、結局、自分の仕事が安く買い叩かれるということなのです。 安物買いのゼニ失いなんていうけれど、実はそういう生活をずっと社会の構成員全体で続けると、失われるのはゼニではないのです。
さっきの仮のゴーヤ売りではないけれど、今までよりアクセク働く羽目になって、ヒトが失われるのです。さらにそうしたヒトによって支えられている地域が失われ、活性化どころではないということになるのです。安物買いは「ヒト」失いであり「地域」失いなのです。
とはいえ、お金は際限なくあるわけではないでしょうし、買える金額に限度もあるでしょうから安いものを買うこともあるかと思います。僕は、それ自身を否定する気はありませんし、そういう安売りのお店に価値があるとも思っています。
ただ、常に値段ばかりでものを見て、安いものばかり追いかけるような生活は改めないといけないということです。その商品の裏にある物事を良く考えて、その上でシッカリ購入するようにして欲しいのです。
■お金だけのことではないけど
実際、僕たちはモノやサービスを通じてお互いに繋がっているという不思議な社会を構成しているという側面があります。
そればかりで世の中を捉えてはいけないことは確かです。でも、その不思議なつながりの部分についても、もっと良く考えるべきなのかなと思っています。
とどのつまり、その向こうに人がいて、その向こう側の人から見て、自分も同じように見られているという意識を持つことが、まずは第一歩なんじゃないかなと。
ま、とにもかくにも皆様暑い日が続きますので、体調管理はお気をつけください。地域活性化も「無事是名馬」です。

確かに、このおじいさんのイモはタダです。おまけに、このおじいさんは市民活動をするわけではないし、ビジネスを展開しているわけでもないので、センターとしても、僕個人としてもなんら彼にメリットをもたらせているわけではありません。
なんだか、まるで無人販売所が信頼なく金を集める悪魔のシステムのような書きっぷりになってしまいした。すみません。無人販売所の全てがそうなのだ、というつもりはありません。要は、旅行者の僕から見れば、相手が見えないというだけです。地域の人が買いに行けば、「ああ、あの人が作った野菜だな」ということで、相互の信頼のなかで購入されるはずです。
実は、わたし、旭川生まれなんです。ここまでいえば皆様の容易に予想できる事例を持ち出そうと思います。はい、旭山動物園です。僕が子供の頃、旭山動物園はソコソコ繁栄していて、遊園地の乗り物に乗れるのが嬉しい公園でした。
で、いろいろあって、愛知にすんで結婚をするわけですが、その後、子供を連れて旭山動物園に。というのも、私の親戚が勤めるようになったということと、父が高齢者パスポートを使えるということで、孫も楽しめるだろうと動物園に連れていかれました。
旭山動物園を語るときに、よく出て来るのは14枚のスケッチ。このスケッチを形にする投資をして成功しているといわれています。じゃぁ、企画屋に適当に企画書やスケッチを書いてもらって、それに必要金額を投資すれば成功するのでしょうか?
で、しつこいようですが、ここでまた詩吟番組の話に戻ります。「なんで、こんな人のいないところでするんじゃい」って、思いは顔に出ていたんでしょうね。先輩がこういいました
最後の最後に、動物園を潰すかどうかというところで、大逆転で水族館を作るお金を動物園への投資へと変更しました。この大型投資は、最後の最後、大きく飛躍するのに効きました。
最近では、どんどん、旭山動物園のような手法は各地の動物園が取り入れ、同じような展示を行っています。しかしながら、結局そういう動物園はこういう資金投資してもそれほどお客は戻ってきていませんし、当然、それほど増えていません。
ちょっとした、地域活性化の事例を紹介しましょう。 北海道の東のほうにかなりマイナーな町で、上湧別町と言う町があります。
実は、この町は、一度チューリップで経済活性化を試みて失敗しています。いわゆる、農業の高付加価値化を夢見て、新しい高収益作物としてチューリップに目をつけました。ただ、この町だけが特別と言うわけではなく、富良野のラベンダーや北見のハッカなど、北海道では昔からこういう花やハーブを活用した地域経済活性化の目論見と言うのはものすごく多く、成功失敗は枚挙の暇もありません。
それでも、生産農家を中心にチューリップへの愛着は深く、産業用ではないにせよ、多くの方が、自宅周辺に植えたり、畑の片隅に植え続けていたそうです。
この状況に町が着目し、昭和60年から町が予算を使い、一気に公園が整備されていきます。昭和63年には、正式な町立の「チューリップ公園」として指定。5月上旬から6月上旬までチューリップフェアも開催され、毎年10万人以上の観光客で賑わう観光地に成長しました。
で、この事例から皆さんにちょっと考えて欲しいのです。特に、自分の住んでいる地域の活性化に取り組んでいる皆さんに。