さて、一ヶ月も間が空くと、何を書こうと思ったんだっけ、という間抜けな話がある一方で、いままで書こうと思っていたことを冷静に見返して、もう少しこうしようという欲も出て、おまけに子供が2人とも誕生日になったりと、ナカナカ筆が進まなくなったりもします。
まぁ、今回は少し話の毛並みを変えて書き進めていこうと思います。
■イモ考
この時期くらいから、日本全国の田舎のロードサイドに無人販売所とか書いてあって、ポストに100円とか入れて農作物もっていける場所ってのが良く出てきます。新鮮な農作物が安く簡単に手に入って大変よろしいのですが、遠路からの旅行の場合、要調理の農作物だと、買ったはいいけど、家に帰るまでに腐っちまうからいいやとか理由をつけて、余り購入する機会はありません。
で、僕が愛知県で顔を出す場所である、安城市民活動センターでは、時々、市場に出さない農作物を持ってきてくれる、普通の会社をリタイヤ後のんびり農業をやっているおじいさんがいます。時々と書きましたが、時期によっては、ほぼ毎日何かを持って来てくれます。この原稿を書いている時には、メークインを持ってきていただきました。
どっちがどっちって話をするわけじゃないんですけど、前述しているように、イモの町美瑛の高校出身なので、イモには若干うるさいので、このおじいさんのイモより、良いイモが先のロードサイドの無人販売所で売っていることも良くあるのですが、結局このおじいさんのイモの方を食べています。
イモは日持ちするんだから、ロードサイドで買っても良いだろうにとも思ったりもします。
■タダだから食うのか
確かに、このおじいさんのイモはタダです。おまけに、このおじいさんは市民活動をするわけではないし、ビジネスを展開しているわけでもないので、センターとしても、僕個人としてもなんら彼にメリットをもたらせているわけではありません。
変な話、たとえばロードサイドで、無人販売所どころか、無料販売所って書いてあるからって、そこに並んでいるイモをせっせともって帰りますか?
「いや、いない」と言って欲しいけど、実際はいるんだろうな。で、挙句にそれを食って食中毒になったら行政とかに駆け込んで大騒ぎするんだろうな。そこまで行き着いた人は本稿の読者じゃないと割り切ることにしましょう。というか、結論としては、こういう人が増えていくって話をするんですけど。
まぁ、「いや、いない」って言ってもらえたとして、話を進めると、無料の食料で挙句に誰がくれるのかわからないものは、さすがに食べれない。怖いですもんね。その担保として、支払いをしているという側面があります。他方で、うちのセンターに来てくれるおじいさんの野菜は、無料ですけど、相手の人物を知っていますし、人間関係が良好なので、安心してもって帰って食うわけです。
ちなみに、このおじいさんの野菜は有機農法ではありませんし、普通に農薬も必要量使用しています。でも、結構美味しく家族で食べてます。
■信頼の証としてのお金
結局のところ、この相手への信頼ってのが、もののやり取りで重要になるわけです。あくまで、そのお金というのは信頼証明の代用物でしかないものなのです。なので当然ですが、「万事、金であがなう」という姿勢は、どこかで狂いを生じます。そして、最も良いものを最安値で手に入れるという姿勢は、「0円」という幻のお金を生み出します。信頼は数値化して取引できるわけではないのです。
直接命にかかわる食べ物で考えると、こうした信頼とお金という話は比較的普通の話ですが、これが工業製品や民間サービス、行政サービスとなると、途端に様相が一変します。ティッシュはタダでもらうものでしょうし、行政には税金払ってるんだから、自分のために何でもやれという地域住民が増加していきます。ティッシュを作る人とも配る人とも、個人的な信頼関係はないでしょう。また、行政の窓口に対しても、行政に関しての方針を定める議会や議員にたいしてもそんなものはないでしょう。
信頼に値しない行為をする商品やサービスの提供者にも問題があるかもしれません。でも、忘れてはいけません。多くの人が利用者であると同時に提供者であるのです。
■無人販売所考
なんだか、まるで無人販売所が信頼なく金を集める悪魔のシステムのような書きっぷりになってしまいした。すみません。無人販売所の全てがそうなのだ、というつもりはありません。要は、旅行者の僕から見れば、相手が見えないというだけです。地域の人が買いに行けば、「ああ、あの人が作った野菜だな」ということで、相互の信頼のなかで購入されるはずです。
実際、世の中そうなっているべきもののはずです。ところがこのつながりが失われているのが現代なのです。いや、本当はつながっているのですけれど、つながりをみんなが忘れているのです。
なので、まるで社会全体がいろんなサービスや商品が無人販売所に放置されているような状態なのです。まだ、モラルがあるから、お金を払ってサービスや商品を持って行く人が大多数です。で、さらに、比較的多くの人が、提供者としても消費者としても責任を持って信頼を持ってお金を使っていくから、なんとか社会は機能しています。
でも、社会が高度化してしまって、無人販売所の向こうをナカナカ覗けません。そんな暇もありません。ヘタをすると、無人販売所の向こうに人がいることを忘れてしまっている人も出てきています。
こんな状態で、あなた自身が活性化できるでしょうか。
何だか、ネガティブな終わり方になってしまいましたが、次回は、無人販売所の向こう側を考えましょう。次回を待てない方でお近くの方は、私が空き時間にお手伝いをしている安城市民活動センターまでご相談にお越しください。
