第10話 忘れちゃいけない。普通のつながりの大切さ

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「今回のコラム、なんにしようかなぁ」と、のんきに構えていたら、私が住んでいる安城市の隣の岡崎市を中心に大水害が発生しました。東海豪雨以来の大雨で多くの世帯が浸水し、今後のこうした復旧に地域内外のボランティアの活躍が必要となります。

 ちなみに、私が手伝っている、安城市民活動センターを運営しているNPO愛知ネットはこうした災害時にボランティア支援に必要な情報収集と情報発信を行う団体なので、全スタッフが一丸となって非常にバタバタと頑張っております。センターの隣の席のスタッフも一心不乱に情報発信業務に専念していたりします。

 と、書いている僕自身はその手の知識が非常に乏しく、あまりその辺お役に立てないので、お留守番ということで安城市民活動センターにこもって地味に日常業務をこなしております。


■災害が来たら生き残れますか?

 この問題は被災もしていない外野としては、異常気象や環境問題として捉えることのほうが適切なんでしょうけど、他研究員の優れたコラムも多数ありますので、その辺はそちらにお任せするとします。

 さて、私みたいなIT屋がこんなことを書くのも変なのですが(というか、そもそもこのコラムのネタにも適切ではないかもしれませんが)、災害が起こったそのときに、どこの誰がどうヤバいって情報は別にパケットに乗って、警察だの自衛隊だの消防団だの役所だのに行くわけではないんですね。

 一応、安否確認のメールサービスというのも先のNPOでもやってはいますが、彼らが受け取った情報を配信しているのであって、そういうことで活用されるわけではありません。

 結局、隣近所で「あ、あのうちの家族構成はこんなのだから、今こういう状況でこう困ってそうだよね」という判断が働いて、色々通報したりアクションしたりしてくれるわけです。これが間に合えば、助かる人も多いでしょう。また、他方で不幸なことになることも少なくないわけです。

 実際に、今回の岡崎市の水害でもそうして助かった人(非常に残念ではありますが、それであっても助からなかった方もいらっしゃるのですが)も少なくないのです。

 ある面で、今までのコラムで説明していたようなお金とモノを通じてつながる社会において、こんな非常事態に必要な関係性の構築方法ってのはありません。

 たしかにお金とモノを通じてつながる社会というのは、日常生活のある側面を適切に回す上では非常にいい仕掛けなんだけど、緊急時になんでもお金を払わないと助けないっていう姿は、明らかに人として不健全なわけです。


■モノ・カネなくともお付き合い

ph10_3.jpg じゃぁ、緊急時だけ人間関係をチャラにして、そういう対応にすれば即解決するかというと、そういうわけでもなかったりします。

 いろんな側面のいろんな理由があるのですが、普通に考えて、「『あ、あのうちの家族構成はこんなのだから、今こういう状況でこう困ってそうだよね』という判断が働いて」と書いたように、日常においてそれぞれのおうちの情報をそれぞれのつながりで知り合っている必要があります。

 にもかかわらず、隣近所の人に、自分の作ったものを直接売りつけて金を得て生活しているということが少ない以上、そんな判断をするための情報を持っていないのが普通なのです。

 と、すると、人間生きていくためにも、お金やサービス・商品と無縁であっても隣近所としっかり付き合っていかなければならないわけです。興味本位でというわけでなくても、ある程度相手の日常の状況をお互いに把握し会える程度の人間関係を築いておくのが大事になります。


■困ったときには何頼み

 そういう話をすると、僕らみたいなIT屋がせっせと被害情報だのなんだのを何のために配信しているのかって話になりがちです。
ph10_4.jpgとりあえず、災害直後で助かるためには、そういう隣近所の非金銭的なつながりが重要ではありますが、災害直後に助かった後は、実はその助けてくれた人も、助けられた人も、被災者ってことでは同じ立場になったりします。

 例えば今回の水害で行けば、数多くの世帯が浸水しています。これで水が引くと、おうちの中はゴミまみれ泥まみれになっているわけです。この、泥やゴミをよける必要があるのですが、一人の力ではとてもではありませんが、撤去できるものではありません。すると、これを撤去する人手というのは、被災した人には出来ません。被災した人が順繰り協力して一軒づつやれば良いなんていう鬼みたいな話もなくはありませんが、それはさすがに難しいでしょう。

 ちなみに、こうした時に誰に頼むかというときには、選択肢があります。一つは、税金で行政がやる、もう一つは、自腹を切って業者に発注する、そして最後にボランティアに頼むの三つです。


■解決するのは誰?

 とはいえ、一つ目の税金に任せるというのは、諸問題を生じます。一つはそんなに多くの世帯の泥よけのための貯金はないということです。他方で、そんな全世帯が被害ということはないので、公平に税を執行したと言い切るには問題が生じないこともなかったりします。そのうえ、災害時点で、それ以外のライフライン等の復旧など別の仕事に時間と金銭と体力のコストを行政は払ってしまうので、その上そういうことをやると言うのは非常に難しかったりします。

 では、二つ目の自分でカネで解決するという選択肢は適切かというと、まぁ、出来るに越したことはないんでしょうけど、その貯蓄を生むために、日常生活において過剰労働や不適切な安物買いを無理に行うことになりかねません。それだと、災害復旧というたまにしか来ない物事のために社会をゆがませるという話になりかねません。
 
 そうすると、選択肢は被災していないどなたかの善意に頼るということがベターではないかということになります。


■被災情報をパケットで流す価値

ph10_5.jpgで、そこで始めて、被災情報の配信というものが価値が出てきます。といっても、被害の悲惨さをあおって、同情やら心配を集めることが重要ではなかったりします。どこにどれだけ何に困っているのかを、適切に外に情報を発信することが大切になります。要は過不足なく、必要なスキルをもった必要な人数のボランティアに来てもらうことが重要です。

 実は、このことは、「あ、あのうちの家族構成はこんなのだから、今こういう状況でこう困ってそうだよね」というものに似ています。ようは、家族構成を地域と読み替えれば、実は非常に良く似た相互関係なのです。

 だから、大切なのはこのときにボランティアに来た人も、いつ被災者になるか分からないし、今の被災者も、いつボランティアになるかも分かりません。そういう意識で、相互に災害救援のボランティアをするほうもされるほうも気持ちよく出来ればスムーズな復旧に近づくのではないでしょうか。


 一応、このコラムを書いている8月30日現在では、災害救援ボランティアさんは県内の方のみの受入です。なので、詳しくは、NPO愛知ネットのホームページや、岡崎市防災ボランティア支援センター岡崎市役所などのホームページ等でご確認頂き、先方が必要としていて、それでいて皆様の出来る範囲でのご支援を頂ければ幸いです。