第3話 「かおり」

*かおりの歴史 2*

 「草に楽しむ」と書くと「薬」という字になります。これは、草=植物が人生を楽にしてくれるというところからきているといわれています。天然香料の原料となる香りを持つ植物が、古代から人々を楽にしてくれる薬として使われてきたのです。

 植物の香りを神からの授かり物として、祈りや病魔退散のために使われ、そのうち人間はその香りを持つ植物の薬効性に気づくようになりました。

 香料が薬として使用された一番古い記録は、メソポタミア文明の古代バビロニアで発見されています。ミイラの保存・防腐剤として、古代エジプト時代からミルラやシダーウッドなどが使われていました。「ミイラ」の語源は、「ミルラ」からきているという説もあります。いまでもエジプトから発見されるミイラの棺の蓋をあけると、ミルラの香りがすることがあります。
また、同じころから使用されていたフランキンセンス(乳香)は、古代ギリシャ時代から、医薬品・軟膏として使われていました。これは、アラビア半島のイエメンやオマーン、対岸のソマリアなどで自生する木の樹脂から抽出され、オマーンにある世界遺産「乳香の道(フランキンストレイル)」で交易の中心として用いられるほど貴重なものでした。

 ミルラ(没薬)とフランキンセンス(乳香)は、キリスト誕生の時に、東方三賢者によって金とともに贈られました。聖書には他にもたくさんの香料が登場します。ちょっと前に話題になった「ダ・ヴィンチコード」に出てくるマグダラのマリアは、キリストの足をとても高価なナルドの油で拭ったということが聖書にでてきます。

 インドの伝統医学として有名なアーユルヴェーダは、紀元前600年頃に確立したといわれ、植物を利用することで、体だけでなく心の不調にも用いられています。これはのちに、中国医学やギリシャ医学に多大な影響を与え、医学の元になったとも考えられています。紀元前100年ころ成立した中国最古の薬物書『神農本草経』には、365種の薬草とその薬効が記載され、1世紀頃にギリシャの医師が記した『ギリシャ本草:マテリアメディカ』には、600種以上の植物に関する記述があります。

 世界三大美女といわれる「クレオパトラ・楊貴妃・小野小町」も香りを愛していました。クレオパトラはバラを、楊貴妃は白檀(サンダルウッド)を、小野小町は芍薬を好んで使っていました。実はどれも沈静作用や保湿効果など、女性に有効な作用をもたらす植物だったのです。三大美女は女性とってとても大切な香りを知らず知らずに使っていたのですね。

 「ロミオとジュリエット」の毒薬、「真夏の世の夢」の惚れ薬なども、植物の持つ効用を利用したお話です。シェイクスピアの作品には、154種もの植物が登場します。シェイクスピアもまた植物の持つ効能を研究したひとりです。

 中世ヨーロッパでペストが大流行していたときに、フランスの皮革のなめし職人の住む地域はあまり被害を受けませんでした。これは、なめし職人がなめしの工程で香料をふんだんに使っていたからと考えられています。当時香料の取引をしていたイタリアの大貴族メディチ家は、ペストの流行をヒントに、香料を調合しそれを薬として販売し、今でも現存する世界最古の薬局、サンタ・マリア・ノヴェッラを作りました。英語の「薬medicine」は「メディチmedici」が語源になっているほどです。

 日本の言い伝えにも、植物の効用を利用したものがたくさんあります。冬至の柚子湯は、柚子の体を温めてくれる作用と精神を高揚させる効果を、風邪をひいたときの生姜湯は体を温め免疫力を高める作用を、桐ダンスは、桐の殺虫作用を利用しています。これも先人の知恵で、はっきりとそれぞれの効能が確立される以前から使用されてきているものです。

 このように、古代から天然の香料が薬として使われてきていましたが、化学の発展によって18世紀ころから化学薬品が主流になってしまいました。しかし、20世紀のフランスの化学者ルネ・モーリス・ガットフォセは、香水につかわれている多くの天然精油が、化学添加物よりも優れた防腐効果をもつことに気づき、研究を進めます。実験中に大やけどを負ったガットフォセは、とっさに近くにあったラベンダーの精油に手を入れたところ、痛みが治まり、やけどの跡も残りませんでした。そこでさらに研究をすすめ、天然精油がもつさまざまな効用を再発見し、「Aromatherapy」という言葉を作り出しました。「Aroma=香り+Therapy=治療」。日本では「芳香療法」と訳されますが、ここからアロマテラピーの研究開発が本格的に始まりました。

 植物の天然な香りを利用した「アロマテラピー」は、現在では医学・美容・薬品などの様々な分野に利用されています。

 ちなみに、「アロマテラピー」と「アロマセラピー」の違いは、「Aromatherapy」をフランス語読みするか、英語読みするかの違いです。「アロマテラピー」が日本に入ってきたのは、イギリスからといわれていますが、言葉を作り出したのはフランス人。ということで、日本では両方の発音が採用されてしまいました。どちらが正しいというわけではないので、好きなほうを使うのがよいと思います。