石川愛美の*かおり*のコラム: 2008年7月アーカイブ

*かおりのもと*

 かおりは、様々なところに存在しています。では、そもそも「かおり」ってなんでしょうか?

 かおりは、揮発性の化学物質で、大気中を漂っています。この揮発性の物質は、有機化合物300万種のうち、約40万種類以上あるといわれています。

 ひとつのかおりは、ひとつの物質で構成されているのではなく、様々なにおい物質となる分子の混合によってできています。つまり、組み合わせによってかおりが変わるので、かおりは無限にあるということになります。

 さらにかおりは、自然に存在するものから、人間が作り出すものまで様々です。自然に存在するものは、植物や動物などが持つ天然の香りで、人間が作り出す香りには、合成香料があります。普段触れている空間のかおりは、自然の香りと合成香料が混ざりあっているといえるでしょう。

 動物性の天然香料としては、じゃ香(ムスク)、霊びょう香(シベット)、竜ぜん香(アンバーグリス)、海狸香(カストリウム)など数種が古くから香水の原料に用いられてきました。
植物性香料は、植物から採取されるかおり成分の有機化合物です。これを凝縮したものが、アロマテラピーで使用される「精油」となります。

 合成香料は、石油化学製品などを原料として各種の化学反応により合成されたものと、天然香料から利用価値が高い成分を単離した物があります。

 天然香料と合成香料を混合させて作られるものが、調合香料と呼ばれます。これは、食品やお化粧品などに使われ、私たちの生活に不可欠なものとなっています。

 ここでは、アロマテラピーに用いられる精油について書いてみましょう。アロマテラピーでは、100%天然の植物から採取される精油を使用します。天然香料でも、動物性のものは使用せず、また合成香料はいっさい使用しません。

 精油は、有効成分を高濃度に含有した揮発性の芳香物質です。各植物によって特有の香りと機能をもっています。

 植物にとっての精油は、第二代謝の産物で、植物の生命昨日に必須というものではありません。香りの歴史でも述べましたが、この代謝産物は、草食動物や昆虫の攻撃からの防御、細菌や真菌など微生物の攻撃からの防御、虫をひきつけ受粉させるため、植物自身の傷回復のためのエネルギー貯蔵、過酷な環境下での生存援助、水分調整の働きがあると考えられています。

 精油が合成され貯蔵される場所は、植物の種類によって異なります。一般に抽出される場所は、植物の花、葉、果皮、樹皮、根、種子、樹脂などです。精油は、植物によって数か所から抽出される場合があります。たとえば、オレンジなど、葉、花、果皮、枝の4か所から、それぞれ異なった精油が抽出されます。果皮から取れるものが、オレンジ。花から抽出されたものが、ネロリ。葉と枝から取れたものが、プチグレンと呼ばれる精油になります。このように、ひとつの植物からいくつもの精油が抽出される場合もあります。

これらのかおり成分が、私たちの生活に密着し、様々な働きをしています。

*かおりの歴史 2*

 「草に楽しむ」と書くと「薬」という字になります。これは、草=植物が人生を楽にしてくれるというところからきているといわれています。天然香料の原料となる香りを持つ植物が、古代から人々を楽にしてくれる薬として使われてきたのです。

 植物の香りを神からの授かり物として、祈りや病魔退散のために使われ、そのうち人間はその香りを持つ植物の薬効性に気づくようになりました。

 香料が薬として使用された一番古い記録は、メソポタミア文明の古代バビロニアで発見されています。ミイラの保存・防腐剤として、古代エジプト時代からミルラやシダーウッドなどが使われていました。「ミイラ」の語源は、「ミルラ」からきているという説もあります。いまでもエジプトから発見されるミイラの棺の蓋をあけると、ミルラの香りがすることがあります。
また、同じころから使用されていたフランキンセンス(乳香)は、古代ギリシャ時代から、医薬品・軟膏として使われていました。これは、アラビア半島のイエメンやオマーン、対岸のソマリアなどで自生する木の樹脂から抽出され、オマーンにある世界遺産「乳香の道(フランキンストレイル)」で交易の中心として用いられるほど貴重なものでした。

 ミルラ(没薬)とフランキンセンス(乳香)は、キリスト誕生の時に、東方三賢者によって金とともに贈られました。聖書には他にもたくさんの香料が登場します。ちょっと前に話題になった「ダ・ヴィンチコード」に出てくるマグダラのマリアは、キリストの足をとても高価なナルドの油で拭ったということが聖書にでてきます。

 インドの伝統医学として有名なアーユルヴェーダは、紀元前600年頃に確立したといわれ、植物を利用することで、体だけでなく心の不調にも用いられています。これはのちに、中国医学やギリシャ医学に多大な影響を与え、医学の元になったとも考えられています。紀元前100年ころ成立した中国最古の薬物書『神農本草経』には、365種の薬草とその薬効が記載され、1世紀頃にギリシャの医師が記した『ギリシャ本草:マテリアメディカ』には、600種以上の植物に関する記述があります。

 世界三大美女といわれる「クレオパトラ・楊貴妃・小野小町」も香りを愛していました。クレオパトラはバラを、楊貴妃は白檀(サンダルウッド)を、小野小町は芍薬を好んで使っていました。実はどれも沈静作用や保湿効果など、女性に有効な作用をもたらす植物だったのです。三大美女は女性とってとても大切な香りを知らず知らずに使っていたのですね。

 「ロミオとジュリエット」の毒薬、「真夏の世の夢」の惚れ薬なども、植物の持つ効用を利用したお話です。シェイクスピアの作品には、154種もの植物が登場します。シェイクスピアもまた植物の持つ効能を研究したひとりです。

 中世ヨーロッパでペストが大流行していたときに、フランスの皮革のなめし職人の住む地域はあまり被害を受けませんでした。これは、なめし職人がなめしの工程で香料をふんだんに使っていたからと考えられています。当時香料の取引をしていたイタリアの大貴族メディチ家は、ペストの流行をヒントに、香料を調合しそれを薬として販売し、今でも現存する世界最古の薬局、サンタ・マリア・ノヴェッラを作りました。英語の「薬medicine」は「メディチmedici」が語源になっているほどです。

 日本の言い伝えにも、植物の効用を利用したものがたくさんあります。冬至の柚子湯は、柚子の体を温めてくれる作用と精神を高揚させる効果を、風邪をひいたときの生姜湯は体を温め免疫力を高める作用を、桐ダンスは、桐の殺虫作用を利用しています。これも先人の知恵で、はっきりとそれぞれの効能が確立される以前から使用されてきているものです。

 このように、古代から天然の香料が薬として使われてきていましたが、化学の発展によって18世紀ころから化学薬品が主流になってしまいました。しかし、20世紀のフランスの化学者ルネ・モーリス・ガットフォセは、香水につかわれている多くの天然精油が、化学添加物よりも優れた防腐効果をもつことに気づき、研究を進めます。実験中に大やけどを負ったガットフォセは、とっさに近くにあったラベンダーの精油に手を入れたところ、痛みが治まり、やけどの跡も残りませんでした。そこでさらに研究をすすめ、天然精油がもつさまざまな効用を再発見し、「Aromatherapy」という言葉を作り出しました。「Aroma=香り+Therapy=治療」。日本では「芳香療法」と訳されますが、ここからアロマテラピーの研究開発が本格的に始まりました。

 植物の天然な香りを利用した「アロマテラピー」は、現在では医学・美容・薬品などの様々な分野に利用されています。

 ちなみに、「アロマテラピー」と「アロマセラピー」の違いは、「Aromatherapy」をフランス語読みするか、英語読みするかの違いです。「アロマテラピー」が日本に入ってきたのは、イギリスからといわれていますが、言葉を作り出したのはフランス人。ということで、日本では両方の発音が採用されてしまいました。どちらが正しいというわけではないので、好きなほうを使うのがよいと思います。

 現代社会では、世の中のあちらこちらに、香料が使用されています。食料品はもちろんのこと、化粧品、薬品などなど、あらゆる香りに囲まれた生活をしています。どの空間にいても、香りのない空間はありません。現代では、そのほとんどは化学合成香料によるものですが、香料製造技術がなかった時代の古代の人々は、香りを植物や動物から抽出し、いろいろな場面で使用していました。

 ここでは、植物からの香りについて書いていきたいと思います。アロマテラピーは植物から抽出される100%天然の精油というものを用います。動物から抽出される香りは、動物の生殖分泌物や体内の結石のようなものから抽出するために、抽出するのが大変であるうえ、近年では規制がかかっていたりしていて、一般に用いるのはとても大変です。

 植物の香りのもとは、植物の油胞という小さな袋にたくわえられます。油胞の場所は植物によって異なり、花や葉、枝や根、果実や樹脂など様々なところにあります。植物にとって香りの油胞は2次代謝物で単なる老廃物と言われていますが、この香りの油胞は様々な働きをしています。

 植物にとっての香りの働きには、昆虫や鳥類を引き寄せ、受粉したり種子を遠くに運んでもらったりする、誘引効果。匂いによって有害な昆虫や鳥類を避け、苦味によって摂食されることを防ぎ、カビや有害な菌が植物に発生するのを防ぐ、忌避効果。生存競争に勝つために、他の植物の種子の発芽や成長を止めたり抑えたりする、生存競争効果。汗のように精油を蒸発させて自分を冷却し、強い太陽の熱から身を守る働きをする、冷却効果などがあります。

 このようにもともと持っている植物の香りの効果が、人体に影響を与えていると考えられています。古代から植物の香りは様々な方法で使われてきましたが、時代とともに香りの使い方は変化してきました。それは、人間の文化の発達と関連しています。

 植物を人類が使用していたという一番古い発見は、1960年代前半アメリカのR.Solecki博士によってイラクの北部にあるシャニダール村の洞窟の発掘された、約6万年前の化石人類ネアンデルタール人の埋葬された墓から出土した、タチアオイという草花の花粉の跡といわれています。奥深い洞窟の中まで昆虫や風によって花粉が運ばれたとは考えにくいため、死を悼む人が死者に添えて埋葬したと推察された。この時代から植物を何らかの理由で人類が使用していたということでしょう。

 古代、香りは神からの授かりものと考えられていたようです。 原始人が火を使うようになったころ、なんらかの木や植物を燃やした際に、香りが漂うことに気づいたときから、匂いというものを用いるようになったのではないかと考えられています。香り=Perfume(パフューム)の語源は、ラテン語の「Per Fumum」(煙によって立ち昇る)からきているといわれています。香りが煙とともに天にのぼっていくことから、まず、神に捧げるために香りが使われたようです。

 香りの利用が歴史的に認められているのは、紀元前3000年ごろのメソポタミア文明の時代です。当時の粘土板に、世界最古といわれる薬の処方が発見されています。古代エジプトでは、神殿で乳香(フランキンセンス)や没薬(ミルラ)を焚いて神に捧げたといわれ、現存する壁画に香油の壷を神に捧げる人物が描かれています。パピルス文書には植物の香りの使用方法などが記されています。 そのころから、知らず知らずのうちにその香りのもつ成分による効能を使用していました。つまり、香りの歴史は植物療法の歴史でもあるのです。

次回は、実際にどのように植物の香りが使われてきたかについてです。

 今回からは、「かおり」について書いていきます。 ネイチャーテクノロジー社にとっても、「かおり」はとても重要なものであり、アロマテラピーにも、この「かおり」がなければ、話をすることができません。 では、なぜ「かおり」が人間にとって大切なのでしょうか?

 「かおり」は、鼻という器官に「におい成分」が刺激を与えることによって感じます。人間のもつ他の感覚と違い、嗅覚であるこの「かおり」を感じることは、好むと好まざるにかかわらず、刺激を与えてきます。この感じ方は、性別・人種・年齢・生活習慣など、さまざまな要因によって、異なります。しかし、実は「かおり」を感じることが重要なのではなく、「かおり」に含まれている「におい成分」が体内に取り込まれることが重要なのです。

 日本では、「かおり」をあらわす言葉がたくさんあります。
「香り」「薫り」「馨り」「匂い」「臭い」「匂う」「臭う」「嗅ぐ」などなど。 「香り」は花の香りなど、よいにおいに対して使われ、「薫り」は風薫るなど、感触をあらわし、「匂い」は良い香りに、「臭い」は臭気など嫌なものに対してつかわれています。これは、古代より日本人が様々な「かおり」に対して、表現を変えてきたという歴史があります。

 「におい」は、現在では、香りの分子が鼻を使って人間の嗅覚を刺激することをいいますが、学者によると、「におい」の「に」は、赤い染料または顔料につかわれた「丹」のことをいい、古語の「にほふ」の「ほ」は、「穂」のことで、穂とは、高く盛り上がった様、周囲より秀でた様をいい、「ほふ」は、動詞の活用家に使われているのだと述べています。

 『万葉集』第19には、 「春の苑 くれなゐにほふ 桃の花 した照る道に 出で立つをとめ」 というのがあります。この中の「紅におう」は、目に映る紅色の光景をあらわしています。

 浅尾芳之助著の『古文重要単語』によると、「にほふ」という古語の意味は、「香気を放つ」「よい香がする」の他に、「ほんのりと赤みを帯びている」「ほんのりと光が射す」「光を受けて一段と美しく見える」「照り輝く」「光沢があって美しい」「美しい色彩を表す」などの意で、その名詞の「にほひ」も、「ほんのりとした色」「色合」「はなやかさ」「美しさ」「光」「威勢」「活気」「趣」「風情」「刀の刃を研ぎあげたときの刃の膚に現れる模様」「鎧の縅の色が、上から下にしだいに薄くなっているもの」など、いろいろな意味を持ち、とても複雑な言葉です。

 「かおり」を表現する言葉がさまざまなのは、この複雑なところからきているのではないでしょうか。逆にいえば、さまざまな行動や表現を「にほふ」という言葉ひとつで表わしていたとも考えられます。その後、「にほふ」という言葉だけでは、表わしきれないために、表現が進化していったのでしょうか。

 もともと、「においを嗅ぐ」という行為は、動物の本能のひとつです。動物は、目でみたり耳できいたりするよりも早く、においを嗅ぐことによって、生命の判断を行っています。味方か敵か。食べられるか毒か。異性のにおい。天気のにおい。土のにおい。木々のにおい。あらゆるかおりを嗅ぐことによって、自分たちが生き残る道具として、かおりを使っています。

 しかし、人間は二足歩行を始めたときから、地面より鼻が遠くなり、視力に頼る部分が多くなっていくことによって、生命の判断のためにかおりをかぐことが少なくなってしまいました。そのため、人間の体の中でも、においをかぐ大切な器官である「鼻」はなかなか研究されず、2004年になって初めて嗅覚の解明により、ノーベル医学生理学賞を受賞することになります。それほど、嗅覚に対する研究が遅れていたのです。

 近代になってやっとその重要性の研究がはじめられた「かおり」ですが、その「かおり成分」を使用して人々に役立てていたことが、古代より東西問わず発見されています。では、どのように使われてきていたのでしょうか?

次回から、その辺について書いていきたいと思います。

石川主任研究員

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