環境コラムは二か月程ご無沙汰しておりましたのでここでお詫びいたします。また引き続き書かせていただきますのでよろしくお願いいたします。
さて、7月9日に終わった北海道洞爺湖サミット(G8)では何が決まって、地球温暖化などの環境問題にどのような道筋をつけたのでしょうか?
6月19日〜21日の3日間に札幌ドームで行われた環境総合展は、当社も出展し、9月から全国一斉発売になる『貼ろうハーブ!』の商品スローガン"Hello Herb!"を発表し、新技術製品の展示を行ないました。展示会は8万人も来場者が来る程の賑わいを見せ、私だけの独り善がりかもしれないけれど、おかげさまで当社の展示ブースも大好評を得たように思えます。しかしあっという間に北京オリンピックが始まってしまいました。
北京オリンピックで地球環境問題はどこへ
今年の前半は、日本でサミットが開かれるせいか気候変動・温暖化問題がマスコミの最重要テーマでもありました。メディアを通して地球環境問題特集が組まれ、地球環境問題、特に温暖化問題についても理解も広く社会に広がったものと私は期待していました!
しかし、それも洞爺湖サミットまでの事で、サミット終了と同時にニュースから温暖化の話題は消え、注目の話題は北京オリンピックにシフトしてしまった。マスコミ報道がタイムリーな話題に焦点を当てるのはわかるですが、温暖化問題はサミットというインベトのための一過性のテーマではなく、日々深刻さを増す我々人類が直面する最重要課題なはずです。社会的関心が薄れてしまっては困るのであるのが環境問題なのですから。
しかも、サミットでは、温暖化に関して中国や米国を巻き込めたものの、具体的な目標としては「世界全体の排出量を2050年までに、少なくとも50%の削減を達成するというビジョンを共有する」ことで合意しただけです。すなわち超長期目標を確認したものの、それを実現するためには不可欠な中期の目標数値の設定については見送られたのでした。期待した割には大きな進展は見られなかった、というのが環境問題専門家の一致した認識なのです。
地球温暖化問題は、先進国間はもちろん、中国やインドなどのいわゆる新興国との協調がネックになっているのは間違いなく。サミット最終日に中国の首脳らを交えて行われた主要経済国会合(MEM)では、新興国がこぞって長期目標の設定に強く反発しました。そうした意見がプレッシャーになったと言う話もあるので、すべての国の参加を意識するあまり実効性のない議論に終始して、あたりさわりのない決着に終わったと言われても仕方がありません。
しかし報道のトーンは、「なんとなくサミットは成功したようだから、環境問題も進展するのだろうし、とりあえず良かったね」ということで、サミットと温暖化問題に決着をつけようとしているように見えます。だがこうした議論に時間を費やしている間にも地球環境の悪化のスピードはますます加速化しています。例えば、多くの科学者が今年の夏に北極海の氷がなくなると懸念するようになった。夏場における北極海の氷の面積の減少割合が昨年から急激に大きくなっているためです。
また7月10日、国連食糧農業機関(FAO)は、気候変動によって引き起こされる気温と、そのほかの変化が漁業と水産養殖に強い影響をもたらし、その影響は食糧安全保障にも大きく関わると報告したのです。気候変動との戦いの正念場はまさにこれからであり、社会的関心をますます広げていく必要があることを私たちは認識する必要があります。
世界中の人が平等に、幸せになるための環境とは
地球温暖化がらみでは、温室効果ガスの排出を減らすことができる量を産業分野別に算出し、国全体の削減量を積み上げるセクター別アプローチや、中期目標の策定と各国の排出削減を進める上でよい方法であるという評価が得られました。また、森林や生物多様性、3R、持続可能な開発のための教育(ESD)など、さまざまな環境問題への取り組みの重要性が認識されたのは評価すべきかもしれません。
また、市民レベルではいろいろな催しが行われ、市民サミットを開催したり、アイヌ文化に触れるツアーが行われたりもしていました。変わったところでは、市民の意見を七夕のたんざくになぞらえてサミットに届ける「100万人のたんざくアクション」等は評価してもいいかもしれません。
G8サミットなどの国際的な話し合いは、世界中の人が平等に、幸せになるために行われるのであって、あらゆる国や立場の人の声を聞くことが大事ことなのです。国連の会議での話し合いや、イタリアで開かれる来年のG8では、環境・気候変動に関する具体的な目標が合意されることに期待したい。それに私たち自身がひとりひとり、環境を守るために何が出来るのか考えて行動に移して行くことも必要なはずです。
ついでながら、首脳国のファーストレディーが植樹をしていました。植物は二酸化炭素と水を使い光合成するから植樹をする。この植樹に込めた願いを彼ら彼女らは実現しようとするのか。多分、出来ないでしょう。環境問題において、根本的な問題をクリアーできないからです。この植樹のイベントも、2・3ヶ月もしたらきっと忘れ去られているでしょうから、ただのパフォーマンスしか見えません。
それはさておき、洞爺湖サミットで一つ欠けているものがあります。それは、地球の有限性を前提とした低炭素社会にあっては、従来型の経済システム、すなわち物質的な増加を豊かさの源泉とする考え方は成り立たなくなるという認識です。
既存の物質的経済システムの延長上では技術の進展だけで、CO2排出量を大幅に削減させることは可能だろうか?技術の進展と同時平行で、我々一人ひとりが、本当の幸せとは、本質的な豊かさとはなにかを問い直し、ライフスタイル自体を低炭素化に見直すことも不可欠ではないか。そのためにも、温暖化・気候変動に関する情報発信を増やし・ライフスタイル文明のあり方にまで触れる議論を深め、行動に移すことが不可欠なのです。
北京オリンピックは、現存としてナショナリズムが高揚し、環境問題ではなく民族問題の象徴としてテレビに釘付けになるのも私であります...。
